東京高等裁判所 昭和27年(う)4216号 判決
被告人に対する銃砲刀剣類等所持取締令第二条第二十六条違反の公訴事実は、法定の除外事由がないのに昭和二十七年五月十六日頃自宅で刃渡十九糎の短刀一振を所持して居たという事実であつて、同被告人並びにその父母等の居住する居宅において右短刀が発見されたことは、本件記録上の各証拠によつて明らかな点である。然しながら被告人がこれを同令に違反して所持していたと認めるためには、少くとも被告人がこれを自己の事実上の支配内に置いていたことが必要である。而してここに自己の事実上の支配内におくというのは、これを自ら携帯握持していることを典型的な通例とするのであるか、更に自己の支配する場所に保管しておくとか、或は他人にこれを保管又は使用させて間接にこれを支配しておるような場合も、これに包含されるものと解すべきである。ところで本件において前記のように被告人宅において本件短刀が発見されるに至つた経過を原判決挙示の証拠に当審受命判事のなした事実の取調の結果即ち検証の結果、証人助川まち、同助川海蔵の各供述調書の記載、被告人助川実の供述調書の記載を参酌して検討するに、被告人の実兄助川栄は戦時中より本件短刀を所持しており、このことは、被告人並びにその父母等も疎開地茨城県真壁郡上野村で見て知つておつたのであるが、その後昭和二十一年五月頃被告人並びに父母、妹等は現在地に居住するようになつたけれども、兄栄は東京都内で別居しラジオ修繕業を営んでいたこと、そのうちに同人は胸を病み昭和二十四年二月頃被告人や友人等の助力で世帯道具身廻品一切を数個の荷物に取り纒め、被告人等の居宅に引き揚げて来たが、家人は衣類等は開けて見たことはあるがその他のものはその儘としておき右栄が何を所持していたか不分明の儘であつたこと、同人は数ケ月自宅で療養していたが、病状悪化し千葉県柏の国立病院に入院し間もなく同年六月二十四日死亡するに至つたこと、同人が自宅にいる間同人はそこにあつた二個の机のうち内側(出入口から中に向つて左側)の机を使用しており、被告人は外側(同右側)の机を使用していたのであるが、昭和二十五年秋の大掃除の際(被告人不在中)被告人父母において前記内側の机のうちから兄栄の身廻品等と共に前記短刀を発見し父親が紙やすりでこれを磨き、再び元の所に納つて置いたところ、昭和二十七年五月十六日被告人に対する窃盗嫌疑の家宅捜索を受け、その際右机からこれを見つけ警察署に母親においてこれを任意提出したものであること、その間被告人は右机に右短刀がしまつてあることは全然知らず、又これを使用したことは勿論なく右机も使用していなかつたことを認めることができる。これによつてみれば右短刀の所有権が兄栄から贈与或は相続によつて被告人に移つたものと認定することは的確な証拠がなく、又被告人が兄栄の死亡後前記意味において所持していたことを推認することのできる諸般の事実を認むべき確証は少しも存在しないものといわなければならない。尤も原審が犯罪事実認定の証拠に挙示した被告人の各供述調書の本件短刀が被告人のものであり被告人が所持していたような趣旨の記載、又原審証人辰沢善作の本件短刀を被告人宅の前記外側机から発見した旨の供述記載はいずれも前掲当審の事実取調の結果と対比考量するときは遽に措信し難いところである。然らば以上によつて明らかなように本件短刀を被告人が本件公訴事実の如く所持していたと認定するためには未だその証明十分といえないものといわなければならない。然るに原審が原判決挙示の証拠により右公訴事実を証明あつたものとして被告人に有罪の判決を言い渡したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があるものといわなければならない。